2010年10月20日

代々木八幡宮 -東京のパワースポット-

代々木八幡宮
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代々木八幡宮(よよぎはちまんぐう)は、東京都渋谷区代々木にある神社。
旧社格は村社。東京のパワースポットとして人気。
八幡神として応神天皇を主座に祀り、天祖社・天照大神、白山社・白山大神を配祀する。


由来
建暦2年(1212年)、源頼家の近習・近藤三郎是政の家来であった荒井外記智明によって創建されたと伝えられる。
源頼家が修禅寺で暗殺された後、智明は武蔵野国代々木野に隠遁し主君の冥福を祈る日々を送っていたが、建暦2年8月15日の夜、鎌倉の八幡大神から宝珠のような鏡を授かり、託宣を受ける夢を見た。そこで、同年9月23日、元八幡の地に小祠を建て鶴岡八幡宮より勧請を受けたのが代々木八幡宮の始まりであると伝える。例祭は9月23日に行われる。

昭和25年、境内の発掘調査が行われ、縄文時代の住居跡などが発見された。境内に竪穴式住居を復元したものがあり、「代々木八幡遺跡」として渋谷区の史跡に指定されている。

八幡宮の御神徳
八幡様は、全国約八万といわれる神社の中でも、およそ二万五千社、お稲荷さん、天神さまと並んで最も広く信仰されている神です。その歴史はとても古く、根本社を大分県の宇佐神宮と仰ぎ、奈良朝以来、やがて二所宗廟として伊勢神宮、宇佐神宮は皇室の篤いご信仰がありました。平安時代には京都の石清水八幡宮、鎌倉時代には鎌倉の鶴岡八幡宮が有名ですが、どちらの武の神、源氏の氏神として武士たちの崇敬を集めていました。武家の守護神、破邪顕正、国家鎮護の神としての信仰はその後、室町、江戸時代へと続き、今日では平和を守る神として、さらに発展継承されています。御祭神は、それぞれの神社によって多少の違いはありますが、応神天皇、神功皇后をお祀りする場合が多いようです。代々木八幡宮では、応神天皇を主座として祀っています。

応神天皇の御代、大陸文化が盛んに日本へ取り入れられたことや、応神天皇と神功皇后が母子であることから、八幡様の御神徳には先にあげたものの他にも産業、文化の発展と守護、子育て安産、音量退散、渡航平安など多岐にわたっています。しかし、いずれにしても、常に日本民族の生活の中に深く根をおろし、わたしたちを守り続けてくださっている神様であることに変わりはありません。

沿革
代々木八幡宮の沿革は、昭和十六年、別当寺である福泉寺より三世住僧長秀法師の手記になる元禄文書が発見されて、ようやく明らかになりました。それによると、代々木八幡宮は草創以来、社僧の交代幾世たりしかを知らず、やがて、正保元年(1644)伝養律師という方が中興開山とshちえ天台門流に改め、次いで二世の僧が社殿建立、植林等の整備を行い、三世の長秀法師の代になって、それまでの社地元八幡の丘陵から現在の地に奉還したといわれています。それというのも長秀法師は、大和国岩掛城主山田政秀の第六女、紀州家側室延寿院殿(福泉寺には円住院殿松巖寿栄大姉として墓石が現存)の甥だったため、その縁故で社地六千坪をはじめとする数々の寄進があったからです。明治維新により神仏習合が禁止され、従来の別当管理の制が廃止されて、村社に列せられることになりましたが、とくに関東大震災後の急速な氏子区域の発展にともない、ようやく面目を一新することができました。昭和になってからは、幸い戦火をまぬがれ、また、神域から縄文時代の遺跡が発見されたこともあり、都内でも屈指の名社に挙げられるようになりました。代々木の郷の総鎮守として、じつに八百年近い歴史を秘めた神社です。
posted by 松本支配人 at 14:46| Comment(0) | 代々木八幡宮 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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